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「感染症のプロ」はいるが「経済のプロ」はいない【中野剛志:日本経済の中心で専門家不在の危険を憂う】

◼️日本経済で、実際に起きている「恐ろしい」こと

写真は「感染症」のプロとしての誠実な調査報告をする厚生労働省クラスター対策班の西浦博北海道大学教授

 さて、「経済のプロ」が必要だという尾身副座長の提言を受けてと思われますが、政府は「基本的対処方針等諮問委員会」を設置し、そこに経済学者たちが委員として参加することになりました(【註5】参照)。

 【註5】新型インフルエンザ等対策有識者会議 基本的対処方針等諮問委員会 構成員名簿 
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/simon/kousei.pdf

  

 そのうちの一人である東京財団政策研究所研究主幹の小林慶一郎氏は、「財政の悪化が続いているせいで経済成長率が低下している」と主張しています(【註6】参照)

  

 【註6】2020年5月19日『週刊エコノミストOnline』日本政府の莫大な借金こそ「失われた30年」の真犯人だ=小林慶一郎(東京財団政策研究所研究主幹)
https://news.yahoo.co.jp/articles/00230ae6e57d0968beb9eeffcaae4230b85c7104

  

 どういうことでしょうか。

 まず、小林氏は、こう言っています。

 「(日本は)非常に大きな増税や歳出削減ができなければ、債務膨張が続き、債務比率は無限大に向かう。数十年以内には、ギリシャやアルゼンチンのような財政破綻が起きることだろう。

 しかし、ギリシャやアルゼンチンが財政破綻したのは、ギリシャの国債はユーロ建て、アルゼンチンの国債も外貨建てだったからです。

 自国通貨建ての国債が返済不能になることは、あり得ません。そして、日本の国債は、自国通貨建てなので財政破綻はあり得ません。

 あの財務省ですら 「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。」【註7】参照)と認め、ハイパーインフレの可能性についても「ゼロに等しい」【註8】参照)と言っています。

 【註7】財務省・外国格付け会社宛意見書要旨
https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430.htm

【註8】財務省・S&P宛返信大要
https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140530s.htm

  

 それどころか、当の小林氏自身も、自身が編著者となった『財政破綻後 危機のシナリオ分析』註9】参照)という本の中で、日本の国債がデフォルトしないことを認めているそうです(【註10】参照)。

 註9】小林慶一郎『財政破綻後 危機のシナリオ分析』(日本経済新聞出版、2018)

 【註10】2020年5月21日『Twitter』朴勝俊
https://twitter.com/psj95708651/status/1263322152402432000

 では、財政悪化が続くと、どうして経済成長率が低下するのでしょうか。

 小林氏の「理論モデル」が示したところによると、「将来、ギリシャのような財政破綻が起きるかもしれない、という不安があると、将来の危機に備えるために、消費者は消費を抑え、企業は投資を抑え、結果として『現在の』経済成長が低下する可能性がある」のだそうです。

 ということは、「将来、ギリシャのように財政破綻するかもしれない、という不安」を払拭すれば、経済は成長する可能性があることになります。そして、日本がギリシャのように財政破綻しないことは、小林氏自身も認めています。

 ならば、小林氏がやるべきは、「将来、ギリシャのように財政破綻するかもしれない、という不安」の払拭に努めることでしょう。

 しかし、これまで小林氏は、財政破綻の不安をむしろ煽ってきたのではなかったでしょうか(【註11】参照)。

 【註11】橋爪大三郎・小林家一郎『ジャパン・クライシス:ハイパーインフレがこの国を滅ぼす 』(筑摩書房、2014)

  

 小林氏は、「財政悪化が経済成長率を下げる」という自説を補強するために、こう述べています。

 「筆者らの研究は理論的可能性を示すだけだが、ハーバード大学のカルメン・ラインハート教授とケネス・ロゴフ教授は、過去の財政再建の事例などのデータを使って実証的推計を行った。彼らは『債務比率が90%を超えると、その国の経済成長率が1%程度低下する』という傾向があることを報告している。

 しかし、このラインハート教授とロゴフ教授の実証的推計というのは、後に致命的な計算間違いが指摘され【註12】参照)、本人らも誤りを認めたというので有名な代物なのです(【註13】参照)。

 【註12】2013年4月22日『BUSINESS INSIDER』The Grad Student Who Took Down Reinhart And Rogoff Explains Why They’re Fundamentally Wrong
https://www.businessinsider.com/herndon-responds-to-reinhart-rogoff-2013-4

 【註13】2013年4月18日『REUTERS』「国家は破綻する」著者らが誤り認める、米研究者らの指摘受け
https://jp.reuters.com/article/tk8373247-global-economy-debt-idJPTYE93H04720130418

  

 ちなみに、自身の黒歴史を小林氏に引っ張り出されちゃったロゴフ教授ですが、コロナ危機の中でのインタビューで、「あなたは、過剰な政府債務を懸念している人ではないの?」と聞かれ、「絶対に違う!」と激しく全否定しています。そして、「財政破綻の心配はない」「政府債務が5兆ドル増えたって問題ない」「その結果、インフレになったとしても、だから何だって言うんだ」とまで言い切っています(【註14】参照)。

 【註14】『PBS NEWS HOUR』
https://www.pbs.org/newshour/show/economist-ken-rogoff-on-whether-the-u-s-has-ever-experienced-a-crisis-like-this-one

  

 もっとも、日本では、過去30年間、財政悪化とともに、経済が停滞してきたのは事実です。

 しかし、だからといって、政府債務が増えたせいで経済が停滞したとは言えません。なぜなら、因果関係が逆で、経済が停滞しているせいで政府債務が増えたという可能性もあり得るからです【註15】参照)

 【註15】2013年5月7日『REUTERS』コラム:ラインハート・ロゴフ研究の誤りに学ぶ=サマーズ氏
https://jp.reuters.com/article/tk8339532-column-summers-idJPTYE94602L20130507

  

 私は、後者の因果関係が正解だと思います。つまり、政府債務の多さは「原因」ではなくて「結果」に過ぎない。

 だとするならば、政府債務を減らそうという処方箋は間違いということになります。

 因果関係を間違えたら、これは大変なことになります。

 例えば、コロナウイルスが蔓延しているからマスクをする人が増えているのに、もし、西浦先生が「マスクをする人が増えているからコロナウイルスが蔓延している」などという「理論モデル」を示し、政府が「コロナウイルスを減らすために、マスクをするのを自粛しろ!」などという緊急事態宣言を出していたら・・・考えるのも恐ろしいですね。

 いや、その恐ろしいことが、日本経済では、実際に起きていたのではないでしょうか。

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中野 剛志

なかの たけし

評論家

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)など多数。


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